小山田浩子「穴」

 

穴 (新潮文庫)

穴 (新潮文庫)

 

 心地よさ、という点で言えば、非常に心地が悪い。人の持つ不安さ、違和感、苛立ち、みたいなものを、チクチクとつついてくる。読んでいて、清々しい気持ちには一切ならないし、気持ちが悪くなる瞬間がいくつもある。だけど、そういう不安感を拭いたくて、早く早く、いち早く読み終わりたくなる。そうして読み終わらせる力が、この本にはある。

 

なんというか、女って1人の人間として認められない世の中なのかなあ、と思ってしまう。常日頃からある嫌気が、こうして形になっているのは、またつらい。

森絵都「クラスメイツ」

 

クラスメイツ〈前期〉 (角川文庫)

クラスメイツ〈前期〉 (角川文庫)

 
クラスメイツ〈後期〉 (角川文庫)

クラスメイツ〈後期〉 (角川文庫)

 

 私の十代前半は、この人でできあがっていると言ってもいい。そう考えると、二十年近く経った今でもこうしてこの人のYAを読めることを、ありがたや、と拝みたくなる。大人向け小説(というジャンルが存在するのかは知らんけど)を書いたら、もう二度とYA(ヤングアダルトというジャンル分けするのもどうかとは思うが、でもたしかに中高生に読んでほしいと思える本というものは存在する)を書かなくなる人もいる中、この人がいまだに中学生を主人公としてくれることは、本当にありがたさしか感じない。

 

ところどころに出てくる名台詞というか、金言というか、この人の本の中には、必ずいつも自分の心に引っかかってくる一文が出てくる。それに出会うために読んでいるのかもしれない。

 

二十四人のクラスメイツ全員、それぞれが、当たり前のことだけど、個性を持って、私に語りかけてくる。誰でもが経験する中学生という時間の中で、自分はこういう人だったな、こういう人いたなあ、と思い出されて、つらくなったり、笑ったり。そうそう、YAを読むって、この感覚だよなあ。勿論、現役中学生が読んでも、面白いだろうと思う。好きなあの人が実はこういう人かもしれないとか、好きになれないあの人が本当のところこう思ってるのかもしれないとか。他人のことを考えられるようになるために本を読むって、ちょっとある気がする。

 

この人の本の中に出てくる人は、本当にいい子ばかりだなあ。偉いなあ、いい子だなあ。でも、中学1年生だったら、実際、みんな、いい子なんだと思う。好きになれるかなれないかは、別の問題で。そう、私がこの本の中で唯一好きになれなかった子がいたのも、別問題。

J.D.サリンジャー「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年」

 

 まさかの新刊(というのかわからないけど)、ということで、ついつい買ってしまった。久しぶりのホールデン。懐かしのシーモア。随分前に読んだから、すっかり内容を忘れているんだけど、ああそうそうこの人たちこういう感じだったなあ、という思いで読んだ。

 

グラース家に関してだけ言えば、もう一度既刊も読まないと、正直頭がこんがらがる。シーモアはいつも人の頭をこんがらがらせる。ハプワースの文章を、7歳のシーモアが書いたとすると、どう考えても大人びすぎている。逆に、7歳のシーモアを想定してサリンジャーが書いたとすると、あまりにもまとまりに欠けていて稚拙だ、とも言える。サリンジャーシーモアになりきれていないのでは、という気持ちにもなるし、それよりも、サリンジャー本人の気持ちが出すぎているのでは、とも思ってしまう。本人がどう思っていたのか、もうまったく知ることはできないわけだけど。

 

他の短編はひとつひとつとても美しく、この人の短編が好きだったのを思い出した。

 

ずっと禅の思想にはまっている人だと勘違いしていたのだけど、どうやら違ったらしい。ヒンドゥー教でいいのかな。

川端康成「千羽鶴」

 

千羽鶴 (新潮文庫)

千羽鶴 (新潮文庫)

 

 本を買いにいけないときは、一度読んだことのある本を、山の中から抜いてみるのだが、今回は崩壊した山の一番上に乗っていたこれを読んだ。いやはや、崩壊するほど本を積んではいけない。だけど、本棚に入りきらないと、積むしかできないのだよなあ。困ったもんだ。

 

それにしても、一度読んだといっても久しぶりだったからか、ものすごく胸震えて、歯をぎりぎりしてしまった。こんな話だったか。主人公の男が、ダメすぎてダメすぎて、一方でいい人すぎる。あ、これ、ダメ男に引っかかる感じか。でも、それがいいんだろうなあ。持って生まれた資質というか、家柄というか、品というやつだろうか。上品さがないと、この話は成り立たないなあ、と思う。私の周りにはそういう人もいないし、自分自身もまったく関わることがないから、まったくもって、遠くて、ただ単に惹かれる世界だ。面白く読めるのは、そのせいかもしれない。

 

千羽鶴」の続きとして、「波千鳥」が入っているのだけれど、中途半端に終わるし、蛇足なのでは、と思ったら、完結していないようだ。この人のネタ帳(とは言わないだろうけど)を盗んだやつは、本当に殴るだけでは気が済まないほどの、このふつふつとした怒り。永遠に、この話の中の人たちは、宙に浮かんだままかと思うと、ああ、もう、やるせない。ネタ帳という即物的な価値よりも、この人の書いた文章が永遠に残ることの方が、私にとっては価値があるのに、なんなんだろうなあー!

岸本佐知子「変愛小説集 日本作家編」

 

 最初に出た海外の方が面白かったので、日本の方も読んでみよう、と思っていたら、文庫が出ると知って購入。はじめに、変愛って純愛だ、と書いてあるとおり、まるごと純愛の本。

 

好みもあるだろうけど、最初の2つが好きすぎて、残りの話はだらだら読んでしまった。日本にいるせいか、想像の範囲が日本の中で終わってしまって、どの話もリアルに思えて、変愛の変の部分をあまり感じられなかったのもあるかなあ。海外作品の方が、この小説集のキモである奇妙さが、より感じられたような気がする。