岸本佐知子「ねにもつタイプ」

 

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

 

 この人が翻訳する本が好きなので、この人自身が書いた本はどうだろう、と読んでみた。エッセイと書かれていたんだけど、よく目にするエッセイだと思って手に取らない方がよいと思う。エッセイだと思いこんで読んでいたら、途中で疑問符だらけになった。小説とも違うし、小噺とでも呼んだ方がよさそう。

 

この本を読んでいると、そりゃあああいう本を訳すよなあ、と納得してしまう。ちょっと奇妙な世界を覗いてしまう人。見えていないけど見えるものだったり、見える人にしか見えないものって、あるんだよなあ。

川上弘美「これでよろしくて?」

 

これでよろしくて? (中公文庫)

これでよろしくて? (中公文庫)

 

 この人の本を読むと、やっぱり落ち着くなあ。くさくさしているときは、この人の本を探しがち。

 

たいていの人が、普通とか、平凡とか、そんなふうに言い表す女の人たちが集まって、話をしているだけで、なんか面白い。ありふれた生活をしていても、1人1人まったく違う生活をしていて、誰とも同じ性格をしていない。この本の中の人たち、主人公が変わっているわけではなくて、たぶん、本当はみんな変わっているのだと思う。

 

この本を読んでいると、他人が自分と違うことを受け入れていくことが生きていくということなんだよなあ、と当たり前のことなんだけど、また改めて思う。

ラッセル「幸福論」

 

ラッセル幸福論 (岩波文庫)

ラッセル幸福論 (岩波文庫)

 

 幸福について書かれている本が沢山並んでいたわけだけど、装飾的な文章というか、詩的な文章の哲学とか思想の本は、絶対に読みきれないだろうなあ、と思い、比較的論理的な、証明のような文章に見えたこの本を選んでみた。文章の感じは、本当に大事だとつくづく思った。なんとか読みきれた。全部わかった、とは言えないけど。

 

今現代、当たり前のことのように思っていることも、50年以上前までは当たり前ではなかったのかもしれない。この本に書いてあることのほとんどは、今ではわりと常識のような気がすることで、それらが淡々とつらつらと書きならべられている。読んでみても、画期的、とは思わないかもしれないが、改めて、幸福であることが普通の状態なのだ、と思える。

 

まあ、とにかく、幸福というのは、これ、という答えがないよなあ。時代によって、表面的には変化があるように思うけど、根本的な部分は変わらないのだろうか。

前野ウルド浩太郎「バッタを倒しにアフリカへ」

 

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

 1年以上前からずっと、読もう読もう、と思っていたものを、今になってようやく読んだ。ただただ読むものとしてもとても面白いし、これを読んでやる気になる人もいるのじゃなかろうか。まあ、でも、私のようにぼーっとして年を取ってしまった人よりも、十代、二十代の人たちが読んだら、より頑張れる気がする。

 

この前のイチローの会見でも言っていたけれど、好きなことを見つける、ということは、本当に、本当に(ここものすごく力をこめる)、大切なことだと思う。好きなことを見つけて、好きでいつづけることは、学校やなんかでよくやらされる、周りの人に合わせることとは、真逆だと思う。周りに合わせすぎて、好きなことがわからなくなる時期が、もしかしたらあるかもしれないけど、少しだけ独りになって、好きなことを見つめる時間を作る方がいい。自分がわからない状態が、一番頑張れない状態だと、私は思うのだよなあ。

津村記久子「君は永遠にそいつらより若い」

 

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

 

 今まで読んできたこの人の他の本とは、少し違う感じがする。これがデビュー作なのだけども。仕事の話とか、そこでのあれやこれやを書くことが多いなあ、と思っていたのだけど、この本は就職する前の人たちの話。この感じの方が、私は好きかもしれない。

 

いろいろもやもやした人たちが沢山出てくるのだけど、それぞれに思うところがあって、それぞれに自分の正しさがある。どうしても、人って自分の正しさを優先させたがる。だけど、いつの間にか、そういう正しさをぶつけることをやめて、折り合いをつけるときがくる。そういう、落ち着いてしまう少し前の話、という印象があった。

 

このタイトルは、本当に強いな、と思う。タイトルだけでも強いのだけど、本の中でこの一文が出てくる瞬間、この話とタイトルがものすごく強いメッセージを放つ。