川端康成「千羽鶴」

 

千羽鶴 (新潮文庫)

千羽鶴 (新潮文庫)

 

 本を買いにいけないときは、一度読んだことのある本を、山の中から抜いてみるのだが、今回は崩壊した山の一番上に乗っていたこれを読んだ。いやはや、崩壊するほど本を積んではいけない。だけど、本棚に入りきらないと、積むしかできないのだよなあ。困ったもんだ。

 

それにしても、一度読んだといっても久しぶりだったからか、ものすごく胸震えて、歯をぎりぎりしてしまった。こんな話だったか。主人公の男が、ダメすぎてダメすぎて、一方でいい人すぎる。あ、これ、ダメ男に引っかかる感じか。でも、それがいいんだろうなあ。持って生まれた資質というか、家柄というか、品というやつだろうか。上品さがないと、この話は成り立たないなあ、と思う。私の周りにはそういう人もいないし、自分自身もまったく関わることがないから、まったくもって、遠くて、ただ単に惹かれる世界だ。面白く読めるのは、そのせいかもしれない。

 

千羽鶴」の続きとして、「波千鳥」が入っているのだけれど、中途半端に終わるし、蛇足なのでは、と思ったら、完結していないようだ。この人のネタ帳(とは言わないだろうけど)を盗んだやつは、本当に殴るだけでは気が済まないほどの、このふつふつとした怒り。永遠に、この話の中の人たちは、宙に浮かんだままかと思うと、ああ、もう、やるせない。ネタ帳という即物的な価値よりも、この人の書いた文章が永遠に残ることの方が、私にとっては価値があるのに、なんなんだろうなあー!

岸本佐知子「変愛小説集 日本作家編」

 

 最初に出た海外の方が面白かったので、日本の方も読んでみよう、と思っていたら、文庫が出ると知って購入。はじめに、変愛って純愛だ、と書いてあるとおり、まるごと純愛の本。

 

好みもあるだろうけど、最初の2つが好きすぎて、残りの話はだらだら読んでしまった。日本にいるせいか、想像の範囲が日本の中で終わってしまって、どの話もリアルに思えて、変愛の変の部分をあまり感じられなかったのもあるかなあ。海外作品の方が、この小説集のキモである奇妙さが、より感じられたような気がする。

川端康成「現代語訳 竹取物語」

 

現代語訳 竹取物語 (河出文庫)

現代語訳 竹取物語 (河出文庫)

 

 今更ながら、最初から最後まで通して、はじめて読んだ。子供のときに読んだ絵本とそんなに内容は変わらないけど、細かい部分を知れたのはよかったかなあ。

 

川端康成が訳しているのか、と思って手に取ったので、読みやすさというか、自分にとっての読み心地のよさというのは、予想どおりだった。本文がすんなり読み終わってしまって、本の半分は解説だということに気付き、ちょっと驚愕だった。これだったら、原文もつけてほしかったが、それは難しいのかしら。というか、原文も読んだ方がよさそうな気がしてきた。古典の授業で習ったはずなんだがな…(でも全文は読まなかったような曖昧な記憶)。

 

最近、早稲田文学女性号を読んだので、フェミニズムに関して少し考えもしていたんだけれど、かぐや姫がこの話の中で、滅茶苦茶フェミニズムを体現しているのでは、と思って、なんか笑ってしまった。前半部分のかぐや姫の態度は、とても一貫していて、周りが何て言おうと流されない。月の世界がかなり進んでいる、としか思えない。この話はSFとしても完璧だし、なんだろう、昔からSFが好きなのかな、人って。

 

しかし、解説の中では、前半のかぐや姫の態度は、女のわがままであったり、気まぐれであったり、要するに、女だから、こんな無理難題を出す、みたいに説明されていて、ちょっとビックリした。かぐや姫自体を、女というものとして扱うことに違和感もあるし、女だから、という理由付けをこのSFに持ちだしてくるのは、ちょっと面白さが減ってしまう。かぐや姫は宇宙人だ。でも、たぶん、今も昔も、結婚をしない女というのは、女じゃなくて宇宙人だからだ、というふうにしなければ納得できないのかもしれない。そうじゃないのかなあ。全然、地球の世界は進んでいない感じがする。

アンナ・カヴァン「氷」

 

氷 (ちくま文庫)

氷 (ちくま文庫)

 

 なんとも不可思議な話だなあ。現実なのか、空想なのか、空想ならば誰の空想なのか。主に登場する人は3人いるのだけれど、この3人ともが本当に存在しているのかさえ不確か。語り手である主人公でさえ、そんな存在であることが、この話の不安定さを象徴している気がする。読んでいるだけで不安になる。だからといって、読んでいられない、という気持ちよりも、早く安心したい、と思って読み進めてしまう。

 

だけど、読み進めたからといって、まったく不安からは解放されない。ようやく安定したか、と思ったときには、すべてが終わってしまうのだ。言葉どおり、すべて。

 

結構昔の話なんだけれども、最近の世界の状況ととてもかぶっていて、ああ今の時代は不安定で不安に溢れている、ということなのかもしれないなあ。

絲山秋子「忘れられたワルツ」

 

忘れられたワルツ (河出文庫)

忘れられたワルツ (河出文庫)

 

 震災後小説という文字を見るたびに、嫌だなあ、といまだに思う。そんな線引きや区切りを、どうして人は付けたがるのだろう。たしかに、そのときから人の心の持ちようや価値観に変化は出たのかもしれないけど、そういう変化のきっかけなんて、どこにでも転がっている。震災をきっかけや動機にしようとするのは、被災地から遠く離れた外側の人(こういう言い方はよくないのはわかっている)だと感じてしまう。

 

そういう気持ちをいまだに持っているせいか、この本にところどころ出てくる震災の話に、なんというか、ぞわぞわした感じが這い上がってきて、気持ち悪いような心持ちになる。私にはまだ、震災の話を冷静に読める心は備わっていないなあ、と思ってしまった。

 

短篇集なので、いろんな話があって、震災があからさまには出ていない話もあるけれど、どの話も生と死の臭いのする話。この人の話は、どんなときでも生きることを受け入れてくれる感じがあって、優しい。