夏目漱石「草枕」

 

草枕 (1950年) (新潮文庫)

草枕 (1950年) (新潮文庫)

 

 久々に読んでみたんだけれど、こんな話だったっけ。もっと会話をする話だと思い込んでいたのだけれど、主人公が1人で思索する時間の方が長かった。はじめて読んだときが、もう10年くらい前なので、そのときとは感じ方、というよりは本の読み方が変わったのかなあ、という気がする。最近は時間をかけて、だらだらと読んでしまうから、内容があまり頭に入ってきていない感じがある。これは、ちょっと、もう少し本を読まなければ、という危機感を持たされた。

 

でも、この本はだらだら読むにはちょうどいい。だらだらした人が主人公なので。

ミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」

 

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

 

 私がインターネット上に感想を書くことも、無用な本だよなあ、と思う。この人は、誰かが思いついてやってみたくてもやれないことを、素直に気持ちよくやってのけてしまう。それがお洒落で格好よく見えてずるい、と思えてしまうときもあるけど、本当は全然そんなことはなくて、この人のしていることは、全部泥臭い。

 

題名のように、なんとなく自然に、あなたを選んでくれているようで、自分で引き寄せているような感じもあって、運命というか運勢というか、自分が動くと周りも勝手に流動するのかもしれないなあ。

木地雅映子「あたたかい水の出るところ」

 

あたたかい水の出るところ

あたたかい水の出るところ

 

久々に学生の話を読むと、とてもとても胸が痛くなる。都合よく話が進んでいくような感じもするけれど、それはこの主人公の持つ魅力とか、人間力のなせるところなのかなあ、と納得できる話。ただの胸キュンラヴストーリーではない。

 

沢山の人と同調できなくても、本当に好きなものを見つけたり、たった1人の同調できる人に出会えたり、そんな奇跡のために、生きていければいいのかもしれない。

トム・ジョーンズ「拳闘士の休息」

 

拳闘士の休息 (河出文庫 シ 7-1)

拳闘士の休息 (河出文庫 シ 7-1)

 

 拳闘士、というと、天才というか、才能のある人にスポットが当たるけれど、この本に出てくる人は、決して天才ではなくて、むしろ不器用で、生きることにさえ不器用で、打たれて打たれて打たれまくる。それでも、とにかく起き上がる。たとえ生きることに向いていなくても、人は生きていかなければならない。器用に生きていくことには才能が必要だけれど、とにかく生きていくことには才能はいらなくて、生命力だけが頼りなのかな、と思う。生命力に自信のない今の私には、みぞおちが痛くなる本だった。

 

読み終わるまで、短編集なのだとわからなくて、どの話がどう繋がっているんだ?どうなっているんだ?とずっと疑問に思っていたら、最後の最後の解説で短編だと知る。なんてこった。

「群像10月号」

 

群像 2016年 10月号 [雑誌]

群像 2016年 10月号 [雑誌]

 

 発売されて、なんとか紙版を購入し、それからずーっと読んでいたわけで。つまり、約半年は、だらだらと、寝る前にこれを読んでいた。かなりの分厚さと重さなので、どうしても出かけるときに持っていけなくてね…。

 

そんなわけで、かなりのボリュームだった。70年って、自分からは遠く思えるけど、こうやって1冊に凝縮されると、そう長くはない時間なのかもしれないな、と思えてくる。日本の文学の歴史だけを見れば、1500年以上はたぶんあるのだから、そのうちの70年間が見れた、ということになる。そう考えれば、短い。でも、濃い。

 

それにしても、70年前には三島由紀夫太宰治も生きていたんだなあ。同じ本の中に、死んだ人と今生きている人の文章が収まっているのが、不思議な感じだった。今から70年後、いやそれより、私が死んだときには、どんな作家が生まれているんだろう。