よしもとばなな「さきちゃんたちの夜」

 

さきちゃんたちの夜 (新潮文庫)

さきちゃんたちの夜 (新潮文庫)

 

 図らずも、短編続き。

 

この人の本を、ひたすら読んでいた頃があったなあ、思春期だったなあ、と読みながら思い出した。学校とか勉強とか、そういう見えるものの基準よりも、見えないけれど確かなものがある気がする、ときっと探していたんだろうなあ。今でも、見えないものを信じるのは、こうやって本をずっと読んできているからかもしれない。

 

この人の話には、今で言うスピリチュアルっていうようなものがよく出てくるんだけれど、都合がいいなあ、と思う反面、こういうことってそういうもんだよね、とも思う。人間って、突然そういう力を発揮しちゃうもんだ(少しだけ心当たりがある)。様々なさきちゃんたちが、それぞれの夜を、1日1日を過ごして、少しずつ越えていく。人の体は1人で時間を経過していくけれど、体の外側では、1人ではなくて、いくらかの人と関わって生きていく。そういう関わりの中で、体の内部が変化しているような、そんな気分になる本だった。

岸本佐知子「居心地の悪い部屋」

 

居心地の悪い部屋 (河出文庫 キ 4-1)

居心地の悪い部屋 (河出文庫 キ 4-1)

 

 表紙からしてもう、居心地が悪いね。この本自体が居心地の悪い部屋となって、どん、と開かれるのを待っている。読む人がこの本を開いたら、扉は完全に閉められて、読み終わるまで、ずっと居心地の悪い気持ちでいなければならない。そわそわした感じ、もやもやした感じに絡まれつづけて、本を閉じると、ほっとするんだけど、でもなんかもう一回入っておくか、を繰り返す。

 

短編というのは、このもやもやした感じが堪らなくて、私は一時期短編しか読まなかったこともある。この本はまさに求めていた感じ。最近だけではなく、昔から英米文学の方がこういう話が多いのかなあ。ちょっとだけ、安部公房を思い出したけど。

ジュール・ルナール「にんじん」

 

にんじん (新潮文庫)

にんじん (新潮文庫)

 

 10年ほど前に、学校の先輩の本棚にあったこの本。「小説はこれしか持っていない。これしか好きじゃない。」と、たしか言っていた。それをふと思い出して、私は手に取ったのだけれど、いったいどんな気持ちで、先輩はこの本を持っていたのだろう。読み終わったときに、少し考えこんでしまった。

 

今の言葉で言えば、虐待を受ける子供の話、ということになるのだろうか。とにかく、この本の中でずーっと主人公は母親にいじめつづけられる。少年期から思春期くらいまで、主人公はどう考えても、かわいそう。ただそれは、どうして母親が虐待するのかとか、母親やその他の人から主人公がどう見えるかとか、そういうことは一切書かれていなくて、主人公のことだけに話が集中しているからかもしれない。

 

主人公である、にんじんの本名はついに出てこなかった。にんじんという人格であると主人公が思い込んでいるのか、自身ではなくにんじんという人格が虐待されていたと思わないと書けなかったのか、そう考えると、虐待は終わっても、虐待が心に残したものの根の深さにつらくなる。

三島由紀夫「三島由紀夫レター教室」

 

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

 

 最近、私の中でちくま文庫が熱い(というほど読んでいないか)。この話は女性誌に連載していたらしく、軽い感じとちょっとした皮肉がチクチクと入っていて、他のこの人の話より全然読みやすい。この前読んだ「命売ります」もとても軽くて明るい感じだったし(死がテーマのはずだが)、ちくま文庫のチョイスがいいなあ、と思う。

 

本人が言っているけれど、手紙は1通の中で一度世界が終わる。一方的に話しかけているだけなのに、どんどん世界が広がっていくのが面白い。1対1であるはずの手紙の中で、複数の人間関係が入り乱れて、ひっちゃかめっちゃか。好き放題に、書く書く書く。手紙は自分本位かもしれないけど、それだけに感情が濃いなあ。登場人物5人それぞれの特徴が色濃く出た手紙に、くすりと笑って、時々ぞっとして。人間らしい手紙を、私も書きたい。

「GRANTA JAPAN 03」

 

GRANTA JAPAN with 早稲田文学 03

GRANTA JAPAN with 早稲田文学 03

 

 雑誌や文芸誌よりも値段が高かったので、わ!とビックリして躊躇したんだけど、買ってよかったなあ。というより、むしろ、お得だね。

 

日本語作家(という括りでいいんだろうか)の話は、安定した面白さがあった。若手作家というタイトルだけど、載っている人みんな、それぞれにもう有名な人たちだから、誰にとっても好みの話はあるんじゃなかろうか。

 

私はあまり日本語以外の話を読まないでいたので、この本を手に取れたことはとても幸運じゃないかな、と思う。世界の広さを感じるのは勿論、日本語では表現できないものも、必ず存在するのだろうなあ(その逆はよく言われているけれど、日本語の間とかについて)。これだけ知らない人の話を読んでみると、日本の平和さ、閉鎖的な性質がよくわかる。それが日本語文学の良いところでも悪いところでもある、と私は思っているけど。

 

翻訳された話は、ちょっと違和感を感じると、話がまったく入ってこなくなることもあって、敬遠しがちだったけれど、この本は非常に読みやすかった。翻訳者で本を買ってみるのも、いいかもしれないなあ。