スティーブン・ミルハウザー「エドウィン・マルハウス」

 

 随分ゆっくりと読んでしまった。前半の、遅々として進まない、やたら細かい文章(見開き一杯に文字だらけというページがざらにある)。これを小学生が書いている、というにしては、だいぶくどい。でも、そのくどさにだんだんとやられていく。

 

子供が書いた幼なじみの子供の伝記、という体なんだけれど、これは本当に伝記と言えるんだろうか。この伝記の作者であるジェフリーは、エドウィンの観察者であろう、としているのだけれど、話が進むにしたがって、だんだん怪しくなってくる。前半ではたしかに、エドウィンをただ見ている観察者なのに、年を取るとエドウィンの人生にどんどん侵入してくる。子供だからなのか、無自覚に相手を思うように動かそうとして、結末を思い描いたとおりに迎えようとしている。ジェフリーは、エドウィンの伝記を書こうとしているのではなくて、エドウィンの人生を作ろうとしているんじゃないか、と思ったら、あまりの無邪気さにぞっとした。

 

たぶん、伝記じゃなくて、小説を書きたかったんじゃないかなあ。伝記という形をとって、エドウィンよりも素晴らしい小説を書けると思いたかったんじゃないかなあ。子供だから、無自覚に見えるけど。怖い。

 

どうでもいいけど、本を買うときに、エドウィン・マルハウスとスティーブン・ミルハウザーとどっちが題名で作者名だ、と思いながら本屋をうろつく、という思いで付きである。

詩の更新

ホームページの詩を更新しました。


晩夏らしく、「晩夏」を書きましたよ。

今村夏子「こちらあみ子」

 

こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

 

 とても切ない話だなあ。悲しいとか、寂しいとかではなく、切ないなんだなあ。

 

たいていの人は、自分と社会の隙間をすり合わせて、もしもズレがあっても、なくそうとしたり、ないフリをしたりする。だけど、ズレがあったって、自分のままで生きるというのは勇気のいることだなあ、と思う。自分らしくとか、個性とか、簡単に言う世の中だけれど、自分のまま生きている人が本当に現れたら、皆簡単には受け入れないんだろう。

絲山秋子「逃亡くそたわけ」

 

逃亡くそたわけ (講談社文庫)

逃亡くそたわけ (講談社文庫)

 

 久々に、新しく買った本を読んだ。昔の世界に浸りすぎてて、ゆっくりしたものに慣れていたせいか、どんどんいろんなことが起きていって、途中でちょっと、わーっ、というパニックになる。

 

元気になる本、と解説に書いてあったんだけど、私は逆に元気を失ってしまった。病気の症状とか薬とか、細かく書かれていて、そういうのが全部自分の中に入ってくると、不安というか、ドキドキして、怖くなった。

映画「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」

 

 久々に映画を観てきた。毎月映画を観る、と決めていたくせに、5月と6月は早速サボってしまった。他のことにかまけていたよ…。

 

「Bowling for Columbine」をDVDで見たときに、度肝を抜かれるとはこういうことか、とはじめて思ったのを覚えている。その衝撃が残っていたので、これは映画館で観ようと思っていた。期間が延長してくれてよかった…(先週で終わるはずだった)。

 

原題は「Where To Invade Next」なので、いろいろ皮肉がこもっているのは当然のこと。この人の、コメディタッチで深刻な問題を取り上げ、シリアスに締めるところは締める、そのバランスの良さと作り方が、私は好きなのだと気付く。事実だけを伝えるドキュメンタリーもあるけれど、これは監督の目線がものすごく入って、気持ちや意見まで伝えてくる。これを見て、君はどう思うのか、ということだろうか。

 

それにしても、この人は本当にアメリカが好きなんだろうなあ、と思う。問題を提起し、批判し、皮肉って、けちょんけちょんにするけど、それってつまりアメリカを良くしたい、ということだろうから。この人ほど、アメリカ人という自覚を持っている人は、あんまりいない気がする。これを見ると、日本人って何なんだろうな、ってものすごく思う。