絲山秋子「小松とうさちゃん」

 

小松とうさちゃん (河出文庫)

小松とうさちゃん (河出文庫)

 

 たぶん、日本に沢山いるだろう普通のおじさん2人が出てくる。普通とか、平凡とか、一般的とか、そういう括りの中で生きているだけで、こんなにも面白い生活があるらしい。そういう括りの中にいる自分にとって、とても救いになる話だ。個性、個性、個性、とわりとうるさくなっている世の中だけれど、普通でも面白いなら、普通に生きたって、全然いい。

 

こうして本の中でおじさんたちが仲良くしていると、微笑ましいなあ、と思えるのだけど、現実で見かけると、ものすごい凝視してしまう自分は、まだまだだなあ、と思う。

ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書」

 

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集

 

 表題作が早稲田文学に載っていたときに、1回読んだだけではよくわからなくて、でもなんとなく気になっていた。去年、作品集が出たのを知って、少し経ってから本屋に行ったら、全然どこにもなくて、そんなに人気があるのか、とビックリしたのだった。だらだらしているうちに年末になり、ようやく買って、年が明けて読みおわる。

 

短編、ショートショートと言えるくらいの短い話がまとまっている。たぶん、原語で読んだ方がより軽快というか、リズム感のいい文章なのだろうなあ。日本語にはないリズムとかユーモアとかを感じとるのは難しい、と訳書を読むときは常々思う。あとは地名がわからないせいで、登場人物が移動したり、離れたところにいたりしても、距離感がつかめない。意外と距離感って、本を読むときに大事なんだなあ、と改めて感じた。

 

全体にわたって、どことなく悲しい、なんとなく寂しい。けど、はっきりとした悲しみや寂しさではなくて、物悲しいというか、うら寂しいというか、表現しがたいものがある。人が生きている間、ずっと悲しいわけでも寂しいわけでもないけれども、表面上ではわからない、誰の中にでも横たわっているものなのかもしれない。

今村夏子「星の子」

 

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

 

 この人の話の中には、いつも社会に馴染めないような人が出てくる。それを優しくもなく、厳しくもなく、今の現実の中での姿をそのまま描く。現実そのものは、いつでも人を抉ってくる。

 

自分の生きている世界って何だろう、と思う。自分が見ているもの、見えているもの、その範囲内でしか人は生きられない。自分が見ているものだけが本当だし、本物だし、信じられるものだ。他人が好き勝手にそれを、嘘だ、と決めつけられるものではない。

 

信じることは怖い。信じることは、それ以外を見ない、ということだ。それ以外の外のものを見はじめたときに、はじめて自分の信じているものが何なのか、わかるのかもしれない。

ゴーゴリ「外套・鼻」

 

外套・鼻 (岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)

 

 この前読んだ本(その名にちなんで)の中に出てきたので、気になって読んでみた。ゴーゴリって名字なんだよな、と改めて思うと、日本人が名前に、佐藤とか鈴木とか付けられるようなものかと考えると、たしかに微妙な心持ちになる。

 

2つの話ともわりと短く、さくっと読めた。どちらもなんだか不思議というか、もやもやするというか、さくっと読めるんだけど、すんなりとは終わらない。「外套」は特に、日本の怪談っぽいなあ、とも思う。

 

ジュンパ・ラヒリがどうしてこの本と、この名前を使ったのかなあ、と考えを巡らせて、物思いに耽ってみるのもいい。

ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

 

その名にちなんで (新潮文庫)

その名にちなんで (新潮文庫)

 

 なんとなく手に取った本が、とても興味深いとき、本が好きで、本を選ぶ時間が好きで、よかったなあ、と思う。

 

多くの人に、名前って意味を持って付けられると思うのだけど、この本の中では、特に意味を持って使われている。登場する人物が、名前のように生きたり、名前にとらわれたりする。名付けられることって、人生ではじめて与えられるプレゼントのようなものなのだなあ。名前は、相手のことを本当に思って、プレゼントすべきものだ、とつくづく思わされる。

 

日本語以外の話は、私が読んできたものだと、三人称で進んでいくものが多いなあ、という印象がある。この本も三人称で進んでいく。三人称で書かれていると、不意に話の主体が入れ替わっていて、この話はこの人の目線に変わったのか、と驚くことがある。この話は特に、時系列で坦々と語られていくせいか、あまりに自然に主体が変わっていくので、目線の変化が面白い。主人公が1人いるにはいるのだけど、1人だけでは完結しない。生きていれば、1人で完結しないのは当たり前なのに、本を読んで、改めて他人の目線を感じる。

 

主人公は、生まれたときから、何故か別れの気配を持っている。そのせいか、この本全体に別れの雰囲気があるなあ、と思う。別れが起点となって、また新たな別れを生む。さよならだけが人生だ、という言葉を思い出す。そうなんだ、そのとおりだよなあ。別れっていうのは、大きな出来事で、人間を大きく動かす。そうして、新しい展開へと自分を持っていかざるを得ない。生きていくということは、ずっとそのくり返しだろう。別れがありつづける限り、この物語は坦々と続いていくのだろうなあ。